モンテディオプレスぷらす「寺山翼選手インタビュー」

2026.04.11

ボランチ、寺山翼。ピッチと、チームと、そして犬の間に立つ男の素顔。

2025年夏、モンテディオ山形に加入したMF寺山翼。豊富な運動量と球際の強さでチームを支え、そのハードワークは見る者の心を揺さぶります。レンタル期間を延長し今季はさらに「点を取れるボランチ」として存在感を発揮。ピッチを離れれば人懐っこい笑顔で先輩後輩の垣根なく輪の中心にいます。
そんな寺山選手は、一体どのようにして形作られてきたのでしょうか。サッカー人生の原点から挫折、山形での日常、そして未来の夢まで。タフで誠実、そして少しお茶目な「つなぎ役」の素顔に迫りました。(取材日:2026年4月2日、写真は2026年4月5日の明治安田J2・J3百年構想リーグ第9節・ヴァンラーレ八戸戦)

苦境でもブレずに。「戦う姿勢」を見せるボランチの矜持

Q:まず、ご自身のコンディションはいかがですか?

試合にも結構長く出させてもらっているので、コンディションはいい状態ですね。

Q:チームは開幕から3連勝の後、5連敗。苦しい時期が続きましたが、振り返っていかがでしたか?

僕個人としても、3連勝して「今年は違うぞ」というのは多少なりとも見せられたと思うし、その波に乗って連勝を続けていかなきゃいけない中で、最初の負けから自分たちが少しブレてしまったというか。チームとして「やるべきこと」に迷いが出ていました。ただ、キャンプの時からずっとチームとしてトライしているのは、ビルドアップのところで形を変えながら相手のズレを作り、自分たちがボールを保持して前に進んでいく部分。そのクオリティーとチーム全体の連動性が生まれてくれば、必ず良くなると思っています。

Q:その中で寺山選手は攻守におけるハードワークと今季2ゴールが印象的ですが、プレーで意識していることは何ですか?

ボランチなのでチームの軸として前と後ろをつなぎ、攻守に貢献する使命を自覚しています。守備でのハードワークはもちろん、攻撃の場面ではゴール前に入って得点に絡んでいきたい。試合中苦しい時間はありますけど、そこでもサボらず自分に矢印を向けて、必要な時に走るというのが一番大事だと思っています。やっぱり「戦っている姿勢」を自分が一番見せたいし、それが僕のストロングポイントだと自負しています。

八戸戦で、ゴール前に駆け上がり今季2ゴール目。「点を取れるボランチ」の真骨頂

得点王から味わった挫折。ボランチ・寺山翼が生まれた日

Q:サッカーを始めたきっかけからお伺いしたいです。「翼」というお名前は、やはりサッカー由来なのでしょうか?

母に聞いたときは、2000年生まれだったので「2000年に羽ばたけ、翼」という願いを込めたと。『キャプテン翼』が関係あるかは分かりません(笑)。両親ともにサッカーをやっていたわけではなく、9歳上の兄がサッカーをやっていた影響で僕も始めました。

Q:小学生時代は新座片山FC少年団で全国大会優勝、当時はフォワードで得点王に輝きました。

小学5年の時、1つ上の代の試合に出た時はセンターバックをやっていて、小学6年ではフォワードという感じで、2つのポジションをやっていました。
実は4年の時までは上の学年の試合に出たくなくて。あまりサッカーが楽しくないと言いますか、バスケにハマっていて(笑)。親に「バスケをやりたい」と言ったら、「あなたが今やってるのはサッカーでしょ!」とめちゃくちゃ怒られたのを覚えています。ただその4年の時に2つ上の代が全国大会に出て負けたんです。僕はスタンドから見ていたんですけど、負けたことがすごく悔しくて。そこでプレーしている先輩たちもすごくかっこよかったし「次は自分がこのピッチに立ってチームを優勝に導きたい」と強く思いました。そこから一気にサッカー熱が入って。母が良い意味でサッカーをやめさせなかったからこそ今があるので、すごく感謝しています。

Q:中学時代に挫折と大きな転機があったそうですね。

そうですね。FC東京の下部組織(U-15むさし)に入団したものの中学1年、2年の頃は全く試合に出られませんでした。小学生の時には得点王だった自分が全く通用しなくて。監督に「ユースには上がれない」と言われた時は、本当に悔しかったです。でも、そこから監督に「ボランチをやってみないか」と提案されたんです。やってみたいと思っていましたし、実際に練習でボランチに入ってみると「ボールを奪えるな」という感覚がすごくあって。それが面白くて。ここが僕のサッカー人生の大きな転機になりました。

「やり続けるしかない」。プロ入り後の苦悩と誓い

Q:ユース(FC東京U-18)時代はいかがでしたか?

ボランチにコンバートされてから試合に出られるようになり、ユースに昇格できて、うれしかったです。チームメート17人のうちユースに上がったのは6人。厳しい道だった分、覚悟と責任が付いてきました。ユース時代を振り返れば、2年の時に高円宮杯チャンピオンシップを制覇し、そのピッチにも立っていましたが、自分の代になってプレミアリーグから降格したことが一番苦い思い出として残っています。

Q:大学(順天堂大学)を経て、再びFC東京へ。特別な思いがあった?

そうですね。4年後にプロの切符を勝ち取るということを目標にしていました。FC東京は自分の帰るべき場所だと思っていましたし、ユースからトップ昇格できなかった悔しさもあったので。中学・高校と6年間お世話になったクラブだったので、プロとして恩返ししたいという思いはすごくありましたね。

Q:しかし、プロの世界は厳しかった。

実力の足りなさを何度も突きつけられる世界ですし、そんなに簡単ではありませんでした。周りで活躍している選手を見ていると、自分もそうならなきゃいけないという思いがありました。でも、試合に出られなくても手を抜くとか、練習をサボるとかは全く違っていて、やり続ける姿勢は常に持っていました。 当時よく話をしていた徳元悠平選手(現・名古屋グランパス)も試合に出られず苦労していたんですが、「やり続けることしかできないし、自分のためになることを常に考えてやるべきだ」と教えてもらった。先輩の姿勢からすごく学ばせてもらいました。

鳥栖でプロ初ゴール、そして山形へ。迷いなき移籍の決断

Q:24年にはレンタルでサガン鳥栖へ、そして25年に山形への移籍を決断されます。

試合にあまり絡めていない中で鳥栖からのオファーはすごくうれしかったし、プロ初ゴールを決めることもできました。山形は、25年夏に選手が抜けたこともあって急きょという形でしたが、即決しました。今はJ2ですけど、J1にいなきゃいけないクラブだと思っていますし、自分が昇格させるという思いを持ってこのクラブに来ました。

ピッチを離れても「つなぎ役」。愛される“ウザ絡み”の流儀

Q:山形のチームの雰囲気はどう感じていますか?

山形は年上の選手もすごくフレンドリーで誰とでも話すし、サッカーのことも聞いてくれて、プレー中も自分の要求を言いやすい環境です。チーム全体が輪になっているという感じを僕は受けています。

Q:SNSでチームメートと絡んでいるのも、そういう雰囲気作りを意識して?

自分は年齢的にちょうど真ん中くらいにあたるので、上の選手と後輩たちとの「つなぎ役」になっているところがありますね。ちょっとウザ絡みしてみたり、ちょけてみたり(笑)。人見知りせず、人と話すのが好きなので。練習が終わってからわちゃわちゃするのも大事ですよね。

Q:尊敬する選手は?

たくさんいますけど、直近のモンテでいうと氣田(亮真)選手ですね。人一倍努力しているし、自分がチームを強くするんだという覚悟がすごく伝わります。みんながそれについていかなきゃいけないし、それを上回ることをしなきゃいけない。氣田選手のストイックさにはすごく刺激を受けています。

ゴールを決めサポーターへあふれる感謝の思い。ハンドマイクいらない

家に帰っても「つなぎ役」? 愛犬たちとの暮らし

Q:オフの日はどう過ごしていますか?

練習がある日は年齢の近い選手とご飯に行くこともありますけど、オフの日は犬を飼っているので、犬の散歩に出かけることが多いですね。行ったことのない公園に連れて行ってみたりとか。

Q:飼っている犬はどんな子ですか?

2匹飼っていて、1匹はプロ2年目に姉から譲り受け、もう1匹は去年お迎えしました。9歳のヨークシャーテリアと1歳のトイプードルなんですが、年が離れているのでめちゃめちゃ仲が悪いです(苦笑)。家に帰っても僕が「つなぎ役」をやっていますね。

Q:ところでピッチに入る時に、いつも丁寧に一礼されている姿が印象的です。何か理由があるのでしょうか?

根底にあるのは、母の教えですね。サッカーでも私生活でも「謙虚にしなさい」と言われてきたので。自分たちだけじゃサッカーは成り立たないというか、サッカーができているのはピッチを管理してくれる人とか、いろいろな人の支えがあってのことなので。誰が見ているとか見られていないとか関係なく、感謝が伝わればという思いです。

「近道」の先に描く夢。サポーターと共に次のステージへ

Q:最後に、山形で成し遂げたいこと、そしてサポーターへのメッセージをお願いします。

サッカー選手をやっている以上、日本代表に入るということは誰もが目標にしていることだと思うので、そこは追い求めていきたいです。しっかり現実を見ながら、今自分がやるべきことや立ち位置も含めて、目の前の1日1日を大切にしていくことが一番の近道だと思っています。やれることを常にやっていきたいです。

山形のサポーターはとても温かいです。負けた時、「何やってるんだ」「しっかりしろ」といったかけ声はサポーターさんも言いたくないと思うので、言わせてしまって申し訳ないです。

サポーターの皆さんには、「勝ってよかった」「ナイスゲームだった」と試合後に声をかけてもらえるようなサッカーをしなきゃいけない。やっぱり気持ちよく帰ってもらいたいですし、僕らは結果で恩返しすることしかできないと思うので。次の試合も勝てるように頑張ります。

1点目を決めた高橋潤哉選手、クリーンシートのGK渋谷飛翔選手と。この笑顔をいつも見たい

〈これまでのプレスインタビュー〉

◎南秀仁選手(2025.11.28掲載)(リンク:https://yamagatadoor.com/montedio/542

◎堀金峻明選手(2025.10.18掲載)(リンク:https://yamagatadoor.com/montedio/446

◎横内昭展監督(2025.09.01掲載)(リンク:https://yamagatadoor.com/montedio/87

◎中村亮太郎選手(2025.09.01掲載)(リンク:https://yamagatadoor.com/montedio/196

この扉の向こうに、新しい山形を発見。